【雑談】 18 ChatGPTで便利になっても、「自分から動く」は楽にならない?

雑談

調べ物は、ずいぶん楽になりました。

以前は検索キーワードを考え、検索結果からページを開き、欲しい情報がなければ探し直していました。もっと昔は、わざわざ図書館などに行き、調べる必要がありました。

それが今では、ChatGPTに自分の言葉で質問して、回答を得られます。もちろん内容の確認は必要ですが、情報を探して整理する手間は減らせます。

ただ、ここで一つ、残っているものがあります。

それは、自分から「調べよう」として動くことです。

どれだけ便利な道具があっても、使い始めるところには、まだ本人の力が必要です。

「できる」と「やる」の間にあるもの

「分からなければ、ChatGPTに聞けばいい」

そのとおりです。でも、聞けば分かることを、そのまま放置している場面もあります。私自身にもあります。質問を入力するだけなのに、その「だけ」が意外と遠い。

そこには、操作の手間だけでなく、「何が気になっているのか」「今、調べたいのか」を考え、行動を選ぶ負荷があります。

技術によって、答えを得るまでの道のりは短くなりました。それでも、その道へ踏み出す一歩は残っています。

技術は気持ちを後押しできる。ただし、実行までは保証できない

もちろん、便利になることは、気持ちにも影響します。

調べるのに、1時間かかりそうなら諦めても、質問一つで手がかりを得られるなら、「ちょっと聞いてみよう」と思えるかもしれません。手間を減らすことは、行動する意思の後押しにもなります。

ただ、「やりやすくなった」と「実際にやる」は、同じではありません。

関心があるか。今やりたいか。ほかのことを優先するか。行動を選ぶところには、本人の気持ちや判断が関わります。

外部から影響を与えることはできても、「本人がやろうと思うこと」まで自在に生み出せるわけではありません。主体的に動く、その出発点にまで技術が踏み込むのは、かなり難しいのだと思います。

技術によるアプローチ:外堀を埋め、手間を減らしていく

そこで意味を持つのが、いわば「外堀を埋める」アプローチです。

入力を簡単にする。選択肢を絞る。必要な情報を先に届ける。

本人の意思を直接動かせなくても、「これならやってみよう」と思える条件には近づけます。立ち上がるかどうかは本人に委ねられていても、目の前の障害物を減らすことはできます。

そして、新しい技術が出れば、これまで取り除けなかった手間を、もう少し減らせるようになります。

「もっと楽にする」という仕事は続いていく

完全に何の負荷もなく、自分から動ける状態が来るのかは分かりません。

それでも、そこへ近づくことはできます。検索を楽にした次には、質問を考える手間を減らす。その次には、質問する前から必要な情報を届ける。便利さには、まだ先があります。

人が行動を選ぶ部分を簡単には代替できないからこそ、その周囲を楽にする余地が残る。

そう考えると、「人の手間を減らす」というビジネスは、これからもなくならないのではないでしょうか。今後も様々なサービスは出てきますが、その隙間に生じる小さな面倒が、次の仕事の種になります。

技術が進歩しても、私たちはまだ「面倒くさい」と言っていそうです。そして、その一言のそばには、きっと新しい商売があるのだと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました