新海誠さんの作品、『秒速5センチメートル』を初めて知ったのは、高校生の頃だったと思う。
知人から、
「これ、すごい鬱アニメだよ」
みたいな感じで紹介された。
今思うと、なかなかの紹介の仕方だったと思う。
でも、その言葉が妙に印象に残って、実際にアニメを見てみた。
確かに、明るく楽しい物語ではない。
主人公の遠野貴樹と篠原明里は結ばれず、時間とともに少しずつ距離が離れていく。そして最後には、それぞれが違う人生を歩んでいる。
なんとも言えない気持ちになったことを覚えている。
その後、確か大学生の頃だったと思うが、小説版の『秒速5センチメートル』も読んだ。
基本的な物語はアニメと同じである。
だから、
「アニメを見たなら、小説まで読む必要ある?」
と思う人もいるかもしれない。
実際、映画を見て満足したなら、それでもいいと思う。
でも、もし、
「あの場面って、どういうことだったんだろう?」
と少しでも思ったなら、小説版を読んでみるのも面白い。
私が特に印象に残っているのは、主人公が仕事に忙殺され、少しずつ心が崩れていく場面だ。
記憶が正しければ、アニメでは比較的短い時間で描かれていたと思う。
でも小説では、その間に何があったのかが、より詳しく描かれている。
それを読んだとき、
「ああ、こういう背景があったのね」
と思った。
アニメでは一瞬で通り過ぎた場面にも、その裏側には時間が流れていて、出来事があって、主人公の感情がある。
小説を読むことで、そこに新しい情報が加わった。
すると、すでに知っていたはずの物語が、少しだけ深くなったように感じた。
これは、アニメと小説のどちらが優れているという話ではない。
映像から受け取るものと、文字から受け取るものは違う。
アニメなら、映像や音楽、声、間の取り方から一瞬で感情が伝わってくる。
一方、小説は文字情報である。その文字を追いながら、自分の頭の中で風景や登場人物の姿を作っていく。
そうすると、同じ物語なのに、見ているもの、感じるものが少し違ってくる。
だから私は、一粒で二度おいしいと思う。
普段、私はそれほど小説をたくさん読むタイプではない。
それでも『秒速5センチメートル』の小説版は、比較的すっと読めた記憶がある。
すでにアニメを見て物語や登場人物を知っていたから、頭の中で場面を思い浮かべやすかったのかもしれない。
もちろん、アニメを見た人全員に「絶対に小説も読んだ方がいい」と言うつもりはない。
でも、『秒速5センチメートル』という作品が好きだった人。
もっとこの作品を知りたいと思った人。
「あの場面って、結局どういうことだったんだろう?」と疑問が残っている人。
そして、作品について考察するのが好きな人。
そんな人なら、小説版を読んでみる価値はあると思う。
(あと、小説は自分のペースで読めるから、気になったところで止まったり、もう一度読み返すこともできるからね)
好きな作品だからこそ、違う角度からもう一度触れてみる。
すると、すでに知っているはずの物語の中に、今まで見えていなかったものが見つかるかもしれない。
一つの作品を、映像と文字で二度楽しむ。
『秒速5センチメートル』が好きだったなら、そんな楽しみ方もありだと思う。

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