化学の暗記量が増えているらしい。
どうやら最近の教科書では、元素の性質から反応式、そして有機化合物の構造まで、覚える量がどんどん増えているらしい。理系の学生が「教科書を見ただけで分子の幻覚が見える」と嘆いているとかいないとか。暗記が得意な学生なら「任せとけ!」と胸を張れるかもしれないが、そうでない場合、もはや試験前の一夜漬けでは済まされない。覚えたと思ったら翌朝リセット、いわゆる“記憶の砂時計現象”である。
そもそも、暗記とはどれほど大事なのだろうか。確かに暗記力があれば、テストでは有利である。「あ、この語句見たことある!」と脳が反応すれば、それだけで点が入るのだから、まるでガチャで当たりを引いたような快感がある。受験でも暗記力は立派な武器だ。覚えた知識を瞬時に引き出せる人は、いわば“頭の中に辞書を常備している人間版Wikipedia”である。
しかし、暗記だけに頼ると人生のどこかでつまずく。例えば、化学式を丸暗記しても、それがどうしてそうなるのかを理解していなければ、応用問題で見事に撃沈する。知識が“積み木”ではなく“ジェンガ”のように不安定だからだ。テスト中に少しでも揺れると、塔はあっけなく崩れ落ちる。
一方で、筋道立てて考える力や、物事を説明する力は、数学や国語といった科目で養われるのだと思う。数学では「なぜそうなるのか」を証明し、国語では文章の「意図」を読み解く。どちらも、単なる暗記とは別次元の“考える筋トレ”である。私はその分野に苦手意識があり、学生時代は「国語の問題集を開くと眠気が襲ってくる病」に悩まされたものだ。
結局のところ、暗記と理解のバランスこそが大事だろう。暗記は基礎体力、理解は戦術。どちらが欠けても、学問という戦場では勝てない。暗記だけの勉強は、レシピを覚えても火加減を知らない料理人のようなものである。逆に、理解だけを重視して何も覚えないのは、包丁を持たずに厨房に立つようなものだ。
要するに、どちらも必要なのである。暗記をバカにするのも違うし、理解を軽視するのも違う。脳というキッチンで、記憶と論理をうまく調理する。それこそが、本当の「学ぶ力」なのではないかと思う。
参考情報
2025/08/25 日本経済新聞:難化する化学 暗記の負担、減らずに増加(受験考)

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