東北地方には「オシラサマ」と呼ばれる不思議な民間信仰がある。あの柳田國男の『遠野物語』にも登場するので、名前を聞いたことがある人もいるかもしれない。だが、実際にその空気を感じた者はそう多くない。私は昔、ふとしたきっかけでその世界に足を踏み入れた。
当時、東北を気ままに旅していた。ガイドブックをめくっていると、岩手県の「遠野」のページを見つけた。ページの写真を見たところ、かなり田舎な印象であったが、それがかえって好奇心をくすぐられた。そして吸い寄せられるように、「よし、行ってみよう」と電車に飛び乗ったのである。
遠野駅に降り立つと、やはり田舎だった。でも湿り気を帯び、どこか古い物語がまだ町の隅に棲みついているような、そんなものを感じた。駅前で自転車を借り、「伝承園」というオシラサマを祀る場所を目指した。道中は田んぼと山と民家が交互に現れ、まるで昔話の背景をそのまま走っている気分だった。途中、案山子に見つめられ、「ようこそ」と言われたような気もしたが、きっと気のせいである。
伝承園に着くと、見た目はただの古い民家のようであり、「ここで本当に神様が祀られているのか?」と一瞬首をかしげた。

伝承園の外観
画像引用元:https://www.densyoen.jp/about/
だが、奥へ進むと空気が一変した。薄暗く、頭を下げないと通れない道の先に「オシラ堂」と呼ばれる部屋があり、部屋に入った瞬間、そこに広がる光景に息をのんだ。
部屋いっぱいに、何百体ものオシラサマがずらりと並んでいた。布で包まれた木の人形たちは、どれも表情が見えないのに、こちらをじっと見つめているような気がする。まるで「よく来たな」と言われているようで、背筋がゾワッとした。スマホを構えた手も思わず止まり、「写真を撮るのは失礼かもしれない」と感じた。あの空間には、単なる観光地ではない“生きている何か”が漂っていたのかもしれない。とても恐れ多い空間だった。
新聞では、オシラサマを語り継ぐ人が減っていると書かれていた。確かに、今の世の中では人気はないのかもしれない。ただ、流れのままにオシラサマの文化が消えてしまうのは少し悲しい。
もしあなたが、少し現実に疲れたとき、デジタルの喧騒から逃げ出したくなったときは、遠野の「伝承園」を訪ねてみてほしい。派手な演出も、キラキラしたライトアップもない。ただ、そこには“日本人の心の古いファイル”が、まだそっと保存されている。オシラサマの前で深呼吸をすれば、きっとあなたの中の何かも再起動するに違いない。
参考情報
2025/09/20 日本経済新聞:東北地方の謎多き民間信仰オシラサマ、どう継承 津波被害、跡継ぎも不足

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